生きている速度
誰かと約束をするとき、費用対効果を考えるわよね、って親友が言ってた言葉をよく思い出す。
まさしくその通りで、私はそれを時間に換算している。
「都民と別の県だと時間の概念がきっと違うのよ」
こんなこと言った私に親友は、じゃあ都民はそんなに偉いのかよwと笑っていたようだったけど、本心だった。
誰かのために時間を割くということ。
これは費用に換算するより、もっと難しい事だと思っている。
誰かの時間をもらうということ、
これはその時間を確保するのだから、真摯な対応が必要になる。
社会人になればなるほど当たりまえなこれが、
出来ないというだけでもうその人の価値みたいなのが分かる。
私がタクシーをよく使うのは利便性もあるけれど、
時間をお金で買っている。
私がタクシーを使う人を好むのは、
その時間の概念が似ているからかもしれない。
時間をうまく使えない人が嫌い。
ましてや、それをちゃんと伝えない人は大嫌い。
一つのスケジュールを時間で区切れないのに、
人生をうまく生きられるとは思わない。
誰かとの会食を5分伸ばすために、
その前の10分だろうが1時間だろうがを有効に使って、
短縮する労力や費用を惜しまない。
それをたやすくこなすのが人間として高い術だとおもうし、
それがやっぱりうまいのが都民だと思う。
生きる速度が違う。
まあ、全てひっくるめて、この一言に尽きる。
以上。